この事例の依頼主
30代 男性
38歳の男性が、激しい腰痛を訴えてA病院(総合病院)を受診、原因不明として帰宅となりますが、その後もさまざまな痛みを訴えて受診を繰り返し、2日目の夜、4度目の受診で入院となりました。その後、腎臓の精査のためにいったんB病院(腎臓内科専門)に転院しますが、A病院に戻った夜に、死亡しました。解剖によって判明した死因は、大動脈解離の破裂です。あれほどの痛みを訴えていたのに、何もできなかったのだろうか、というのが相談に来られたお母さんの訴えでした。
A病院で最初に患者を診た医師は、大動脈解離を疑っていたようです。だから、単純CTを撮影した後、造影CTを予定しました。単純CTだけでは大動脈解離を除外できないからです。しかし、まことに不運なことに、そこでCTが故障し、造影CTは撮影できませんでした。原因不明で帰宅となったのは、そのためでした。しかし、もちろんその後、CTは復旧しています。患者は何度も受診し、結局は入院しているのですから、大動脈解離を疑って造影CTを撮影するチャンスはいくらでもありました。例えば、初診の際のカルテには、腰痛の前に前胸部痛があったことが記録されています。2回目に受診した際の主訴は上腹部痛です。このような痛みの移動は、大動脈解離に特徴的なものです。また、3回目の受診の際には、「腰部安静時痛にて不変」とあります。ここで医師は腰椎の圧迫骨折を疑ったのですが、安静時にも変わらない腰痛であれば、整形外科的なものよりも、大動脈疾患か泌尿器疾患を疑うのが普通です。さらに、大動脈解離を疑うべき凝固マーカーのDダイマーも、基準値を大きく上廻っていました。実際、B病院で撮影された造影CTには、大動脈解離に特徴的な二腔構造がありありと映っていました。ただ、その報告書には腎臓のことしか書かれておらず、大動脈のことは全く触れられていませんでした。A病院に対しては、大動脈解離を疑って検査を行うべきであったとして、B病院には、画像上明らかな大動脈解離を見落としたとして、損害賠償の請求書を送付しました。双方とも責任を認め、訴訟提起前の示談が成立しました。2つの病院の話し合いにより、A病院側が8、B病院が1の割合で賠償金が分担されています。
この事件で一番驚いたのは、B病院で撮影された造影CTを見たときです。これほど明確な大動脈解離の所見が見落とされることがあるのかと、むしろ我が目を疑いました。見るつもりになって見なければ、どれほど明らかな所見も見えないものだということを度々聞かされますが、なるほどこういうことであったかと実感しました。もうひとつ印象的だったのが、A病院で複数回撮影された単純CTには、解離の所見が全く見られなかったことです。大動脈解離を除外するには単純CTだけではなく造影CTが必須であるというのは、大動脈解離に関する文献には必ず言及されていることですが、これも実際の事件で経験したのは初めてのことでした。初診の際に、CTが故障してしまったのは、なんとも不運なことでした。それにしても、2回目以降に診療にあたったA病院の医師たちが、なぜ造影CTの必要性に思い至らなかったのか、不思議でなりません。急性発症、安静時痛、脈打つような痛み、痛みの移動、鎮痛剤が効かない……カルテに記載されているのは、いずれも大動脈解離の痛みの特徴とされているものです。B病院の過失の方が一見明らかなようではありますが、A病院とB病院との責任割合が8対1というのは、やはりそれだけA病院の責任が大きいということなのだろうと理解しています。