生まれたばかりの我が子を遺棄する事件が後を絶たない。
受刑者となったある女性は、誰にも相談できずに密かに妊娠と出産を繰り返した。保険証がなく病院に行けなかった彼女は、独りで産んだ子の亡きがらを次々と押し入れに並べていった。
「私が生きている一生、子どもたちに謝り続けることしかできません」
一度は熊本の「赤ちゃんポスト」の利用を考えたが、生活に困窮して預けに行くことはできなかった。
事件が起きるたびに責任を問われるのは女性ばかり。何が彼女たちを追い詰め、どうすれば事件を防げるのか──。(弁護士ドットコムニュース・一宮俊介)
●赤ちゃん3人を押し入れに遺棄「ごめんねという気持ち」
「『母親なんだから』『母親だったら』ってよく言われます。でもその言葉は私は嫌いです」
西日本の女子刑務所に服役する30代女性から届いた手紙には、そう書かれていた。
これまで男女5人を産んだが、そのうち3人はもうこの世にはいない。1人目は死産、2人目は殺害、3人目は出産直後に気を失っている間に亡くなっていた。遺体はすべて自宅の押し入れに置いた。
「一緒にいてあげれなくてごめんねという気持ちでいっぱいでした」
当時は風俗店で働いており、月収は20万〜40万円ほどあった。しかし貯金はなく、約2000万円にのぼる金をホストに貢いできたという。
同居していた男性が勤務先のトラブルに関して警察に相談したことで押し入れの遺体が見つかり、女性は2024年2月に逮捕された。
今年2月、死体遺棄と殺人の罪で懲役6年の実刑判決を受けた。
「『母親なんだから』『母親だったら』ってよく言われます。でもその言葉は私は嫌いです」。女性は手紙にそう書いてきた(弁護士ドットコムニュース撮影)
●ホストにハマり生活は泥沼に 搾取される日々
女性は四国地方で生まれ育った。公立高校を卒業後、福祉系の専門学校に進学し、2009年に介護施設で働き始めた。
泥沼に足を踏み入れた一歩は、友だちから誘われたホストクラブだった。優しく接してくれるホストにハマり、週2〜3回通うように。毎回2万〜5万円ほどを費やした。
2016年夏、当時の恋人から命じられて風俗店で働くようになり、介護の仕事をやめた。ここから「おかしくなりました」(女性の手紙より)。
次は他県の店舗に出稼ぎに行くよう指示され、実家を出た。知り合いのいない街で気にかけてくれたのはホストたちだった。実際は金目当てでしかなかったが、女性は交際しているものと思い込んだ。
そして、夢中になっていたホストの1人に言われるがまま、デリヘルからソープに職場を移した。そのホストが裏で店側から金を受け取る構造だったが、そうとは知らずに懸命に働いた。
Mというホストに出会ってからは、彼の働く店に週4〜5回ほど通うようになり、日頃の行動や風俗での売り上げを管理された。Mの携帯代、食費、服代、交通費などをすべて代わりに支払い、家賃など自分の生活費に当てられるのは月に8万円ほどしかなかった。
2018年春、生理が遅れていることに気づいた。だが、数年前に右卵巣の一部を摘出するなどの手術を受け、医師から「妊娠しにくくなる」と言われていたため、「妊娠しないだろう」と信じていた。
保険証を持っておらず、全額自費で病院にかかるという選択はなかった。中絶も考えたが、「お金がなかった」。そうするうち、おなかは大きくなり、2018年12月、自宅で男児を産んだ。
赤ちゃんは息をしていなかったが、夏にスマートフォンの契約を強制的に解約させられていたため、救急車は呼べなかった。遺体を押し入れに置いた。
そんな中、2019年7月ごろ、再び妊娠が判明した。今回も父親が誰かはわからなかった。
裁判所は女性に懲役6年の実刑判決を言い渡した(弁護士ドットコムニュース撮影)
●困窮で赤ちゃんポスト断念 殺害を決意
女性は死産した子どもを妊娠していた時、熊本市の慈恵病院が運営する「こうのとりのゆりかご」(赤ちゃんポスト)の存在をインスタグラムで知った。
自分一人で子どもを育てることはできないと自覚していたため、おなかの子は熊本のポストに預けに行くつもりでいた。
2020年4月、男児を出産した。新型コロナの感染拡大に伴う緊急事態宣言が発令される中、風俗の利用客が激減していた時期。収入は10日間で1万5000円しかなかったが、出産前日まで風俗店で働き、熊本までの交通費を確保していた。
「あとは体力が回復すれば…」。そう思っていた矢先、赤ちゃんのオムツがなくなった。追い打ちをかけるように、家の電気が料金滞納で止められた。生活を続けるために電気代を払い、熊本行きを断念した。
病院や行政になんと伝えればいいのか。行っても冷たくあしらわれるのではないか。病院代もない。誰かに相談すれば押し入れの死体が見つかってしまう。
「一緒にいたいけど、いれない、いてあげられない。という感じでした」。相反する感情に揺れる中、殺害を決意した。
出産から約10日後、母乳を染み込ませたタオルで息子の顔を覆った。それは、生まれたばかりの子にとって、本来なら世界で最も安心できる匂いだったかもしれない。
「泣き声を聞いてしまうと気持ちがゆらいでしまうと思った」
女性は少し添い寝をしてから家を出た。数十分後に戻ると、息子はすでに息をしていなかった。
塀の中から記者に届いた手紙は1文字ずつ丁寧に書かれていた(弁護士ドットコムニュース撮影)
●事件化されたことで見えてきた光
小さい頃から片付けや金銭管理が苦手で、親から怒られ、祖母に「いらない子」と言われて育ったという女性。自尊心の低さをホストにつけ込まれ、新型コロナといった社会情勢にも左右されながら経済的に困窮していった。
逮捕後の鑑定でADHD(注意欠如・多動症)と診断され、女性は次のような言葉を残している。
「この事件を起こしたことで(障害が)分からなかったら、私はずっと生き辛い、しんどいと思うことの多い人生を歩み続けたと思います」
女性の弁護人をつとめた田中拓(ひらく)弁護士は、「彼女の障害の特性を親や周囲が理解していなかった。相談することすらできない人がいる、ということを社会に知ってほしい」と訴える。
「一緒にいたいけど、いれない…いてあげれない」。受刑者となった女性から届いた手紙にはそう書かれていた(弁護士ドットコムニュース撮影)
●孤立出産する女性には「SOSを出せない人が多い」
同様の事件は相次いでいる。8月15日、大阪市北区の公園で、へその緒がついたままの女児の遺体が見つかり、その後、23歳の母親が逮捕された。
5月には北海道石狩市の17歳、兵庫県三木市の26歳、千葉市の25歳がそれぞれ赤ちゃんの死体を遺棄した疑いで逮捕されている。
こども家庭庁が毎年公表している「こども虐待による死亡事例等の検証結果等について」によると、2023年度の1年間に虐待で死亡した0歳は33人。そのうち生後0日の死亡は16人だった。
一般社団法人「全国妊娠SOSネットワーク」の代表理事で医師の佐藤拓代さんは、孤立出産する女性は「もともとSOSを出せない人が多い」と指摘する。
実際、全国各地の窓口には「生理が来ない」「妊娠が親にバレたら殺される」などの相談が日々寄せられるという。中には、昼の仕事だけでは家族を養えなくなった女性が、風俗店で働くうちに妊娠してしまうケースもあるといい、背景に貧困問題が隠れていることも珍しくない。
「全国妊娠SOSネットワーク」の代表理事で、医師の佐藤拓代さん(2025年8月14日、大阪市で、弁護士ドットコムニュース撮影)
●「ポストに助けを求めていい」受刑中の女性の思い
赤ちゃんポストをめぐっては、2025年3月に全国で2カ所目が東京に開設され、大阪では泉佐野市が行政として初めて取り組もうとしている。
病院以外に身元を明かさない「内密出産」も導入されているが、法律の裏付けがなく、費用負担のあり方が統一されていないため、孤立した女性にとって、心理的、経済的に利用しやすくなったとは言えない状況だ。
服役中の女性から届いた手紙には、切実な思いがつづられていた。
「赤ちゃんポストは孤独な母親にとって最終的な頼れる場所であると私は言いたいです。『赤ちゃんポストに子どもを捨てていい』ではなく『赤ちゃんポストに助けを求めていい』が正しいのではないかと私は考えます。あと、否定をしないであげてほしいです。『よく頼ってくれたね。大丈夫』。それだけで救われます。頼っていいんだ…と安心するのです」
女性が刑務所を出て社会に戻ってくるのは2030年ごろの見込みだ。
※この記事は弁護士ドットコムニュースとYahoo!ニュースによる共同連携企画です。